サービス精神という名の沼。フレンドに機材を借りたら4日でGFXを買っていた件
■さらばAPS-C、ようこそ中判。
これまで僕の右腕として活躍してくれたFUJIFILM X-T5は、間違いなく名機だ。APS-Cならではの機動性は、街を歩き回るスナップにおいて無類の強さを発揮してくれる。
けれど、仕事帰りに一駅分歩いて夜の街を切り取るとき、どうしても拭えないストレスがあった。
「高感度ノイズ」による暗部のざらつきだ。
もっと広いキャンバス(センサー)で、夜の空気そのものを豊かな階調で描き出したい。その想いは、日を追うごとに、静かに、でも確実に膨らんでいた。
■α7Vという「正解」への違和感
もちろん、他社のフルサイズ機も検討した。特に発売直後のSONY α7Vはスペックだけを見れば「正解」そのものだ。
ブラックアウトフリーの超高速連写、瞳を一瞬で捉えるAF、無振動のシャッター。最新技術の結晶であるそのカメラは道具として完璧に近い。
けれど、店頭で手に取ったとき、何かが違った。
あまりに洗練されすぎた操作感と軽すぎるシャッターフィール。それは僕にとって血の通った「写真機」というよりは、冷徹で完璧な「デジタルデバイス」に映ってしまった。
何より、富士フイルムのフィルムシミュレーションという色彩の魔法を僕はまだ手放したくなかったんだ。
■2kgの壁と、BISさんが仕掛けた「沼」
並行して狙いを定めていたのは中判センサーを積んだGFX50S II。
合わせるレンズはFlickrの作例で一目惚れしたMitakon 65mm f/1.4だ。
ただ、一つだけ大きな不安があった。「重さ」だ。
レンズ単体で1kg、ボディと合わせれば2kgに迫る金属の塊。日常のスナップにこの重量を組み込めるのか?
悶々と悩んでいた僕に、カメラ仲間の女性・BISさんが声をかけてくれた。
「右手首の覚悟はよろしいか
短期間なら貸せるよ 使ってみるー?」
さらに、受け渡し当日。彼女のカバンからはもう一本のレンズが現れた。
伝説的中判オールドレンズの一柱、Mamiya Sekor-C 80mm f1.9。
「これも持ってきた」という彼女の笑顔。
サービス精神が過ぎる。女性が常用するにはあまりにタフなこのセットをさらりと使いこなす彼女に、僕は沼の底から差し伸べられた「誘惑の手」を感じずにはいられなかった。
■都庁の夜、確信に変わった「手応え」
借りた機材を携え、夜の都庁へ向かった。
バッグから取り出し、いざ構えてみる。……不思議だった。あんなに恐れていた2kgという重量が実際に手にしてみると数字ほどには感じられない。
GFXの深く、指に吸い付くようなグリップ設計のおかげだろうか。しっかりと右手に収まるホールド感は重量を「負担」ではなく、撮影時の「安定感」へと変換してくれた。「これなら、行ける」という確信を得た瞬間、僕の心のブレーキは完全に外れた。
プロジェクションマッピングに照らされる建物を、MFでじっくりとピントを合わせ、シャッターを切る。
その瞬間、手に伝わった重厚なメカシャッターの衝撃。
液晶に映し出されたのは、APS-Cでは決して辿り着けなかった圧倒的な階調と空気の密度だった。
「この描写のためなら、この重さを対価として支払える」
■わずか4日の電撃戦。ようこそ中判の世界へ
確信を得た僕は早かった。
返却まではおよそ3週間あったが、吸い寄せられるように中古市場を探索。すると、奇跡的に状態の良いGFX50S IIの個体を見つけてしまった。
借りてから、わずか4日。
僕の手元には自分だけのGFXとMitakonが鎮座していた。
最新のAFや連写性能よりも、1枚の空気感と指先に伝わるシャッターの手応えを選んだ。
購入してから3週間ほど経ったが、いまだにカメラバッグから取り出すとき、構えるとき、楽しみな気持ちになる。
これからこの2kgの相棒と、どんな夜を歩いていこうか。今はその重みが、心地よくて仕方がない。
■おわりに
背中を(というより沼へ)押し切ってくれたBISさん、本当にありがとうございました。
中判デビュー戦の作例は、また次の記事で。
沼の底から手招きするBISさんのXはこちら
